スペース 日本舞台音響事業協同組合
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設立経緯
1.舞台音響とは
2.沿革
3.音楽環境の変遷と舞台音響
4.舞台音響の確立と背景
5.舞台音響業界の現状と課題
6.舞台音響協同組合結成の意義と将来展望
1.舞台音響とは
『舞台音響』というのは、「舞台」をベースに演劇、ミュージカル、音楽演奏、コンサート、舞踊等に係る音響の仕事をする事で、そこに聞こえる全ての音(音楽、音声、各種の効果音)を演出プランにそって創造し、素材収集、録音、編集を経て、ドラマを盛り上げる為に、音質、音量を考えた機材設定を行い、舞台成果を助ける音響演出と操作をいいます。

ここでいう『舞台』とは一般に、そこにおいて、舞楽、能楽または演劇ミュージカルなどの演技を行うために設けた場所と定義していますが、『舞台』は人が集まる各種の空間に仮設でつくる事が出来ますので、屋内、野外を間わず、その様な場所につくられた「仮設ステージ」も、この対象になります。具体的には、劇場・ホールのほか、屋内野球場でも、多目的体育館のアリーナでも、更には、野外の広場なども、『舞台』をつくることができます。

この様に、送り手が舞台に、受け手が同一空間の客席にいて、相互の直接の交流(感覚、動作を含めて)の上に成り立つ、即ちインタラクティヴであることを特長とするメディアが舞台音響であるともいえます。
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2.沿革
1)『PA』の沿革
拡声装置によって情報を大衆に伝達することを、「パブリック・アドレス」の英語から通常略して、『PA』といっています。現在は、その内容は必ずしも音声だけとは限らない楽音も含み、マイクロフォンでとったものを拡大させスピーカより出す音響の伝達手段をいいます。

『PA』は米国の空港などで、大衆の集まる場所に情報を効率良く伝えることを目的として、マイクロフォン、スピーカを用いたことから始まったと言われています。この方法が有効であるという事から間もなく、講演会場や劇場で拡声を目的として用いられるょうになりました。

昭和40年(1965)頃より舞台で演奏される音楽が複雑、多岐になるにつれて、『PA』に係る技術も多彩になり、今では、「一般のPA」つまり空港や駅、宣伝放送とは一線を画しています。音響装置に携わる者の演劇、舞台とのかかわりは殊に芝居やミュージカル等で台詞を『PA』することから始まり、いまでは音響効果との共同作業となっています。

2)効果の沿革
築地小劇場開場(1924)により、『Stageeffect』の訳語として「舞台効果」の名称が生まれ、劇の演出上重要な分野として装置、照明とともに独立した職能となりました。当時は擬音効果とよばれる、なま音が中心でした。

昭和27年(1952)に演劇に初めてテープレコーダが使用されて音響効果の様式を一変させました。今日一般的に使用されている
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3.音楽環境の変遷と舞台音響
ここで、音楽を例にとって、オーディオ産業の進歩によって、大衆を取り巻く環境が、どの様に変わってきたかを振り返って見る事にします。音楽の世界の進化を技術面から見ると、家庭で手にするレコードを例にとれば、昭和23年(1948)を迎えるまでは、それまでのモノラール、SPの全盛でしたが、やがてレコード盤の新材料の開発とそれに伴う録音技術の開発によって、溝幅を狭くした長時問レコードのLP、EPが出現します。LPの出現は、ピックアップの軽量化を促し、更に「高忠実度録音一再生」が音源制作の基調になります。

そして、やがて多チャンネル・テーブレコーダの開発やステレオ・レコードの発明等によって、音楽制作の形態が更に進み、その様相は一変します。更に、放送の分野では、AM中波帯に民間放送が追加参入出来たのに端を発して、家庭に娯楽を提供するメディアに大きく展開を始めました。音楽専用の放送として、超短波帯を使用した音質の良いFM放送も認可になりました。つまり、家庭の側から見た時、茶の間で得られるメディアの音楽の品質が急速に向上することになります。音楽産業はラジオやテレビ、レコード以外に「実演」によって支えられています。私共は、それぞれを「パッケージ」及び「パフォーマンス」と呼んで話を進めます。

この時代、昭和20年(1945)からの約15年問は、「パッケージ」が一般大衆に深く、急速に浸透していった時でも、「実演」(パフォーマンス)は至る所で歓迎されていました。ホールや公民館、また、クラブやキャバレーなどで、あらゆる音楽が演奏されたことは、あるいは、レコードや放送で充分と言えなかった音楽の品質が、生演奏で補われたと見るべきかも知れません。事実、生演奏に勝る品質の音楽は「実演」を措いて、他には無かったといっても言い過ぎではないでしょう。

とは言え、まだ「PA」は職業として自立する迄には至りませんでした。しかし、昭和30年(1955)を過ぎる頃は、「高忠実度」はオーディオの極めて一般的な合言葉になっていて、テープあるいは放送によるステレオ再生の試みは「パッケージ」音楽の次への段階を示唆するものでありました。一方テレビジョンの急速な普及は、FMによる放送の品質の体験を家庭に提供する結果を生むことになります。このFM放送は音楽の為の新しいメディアとして実験を重ね、ステレオ番組に対する期待は白熱したものとなりました。昭和33年(1928)の米国のRCAによる45/45方式のステレオの発表は、このような背景を受けて爆発的に歓迎され、音楽産業は急速に伸びて、その結果、家庭の音楽環境は一層充実したものとなりました。

一方舞台では、昭和30年(1955)頃には、既に演劇には音楽を、音楽には演劇、という要望が高まり、それにつれて、ワイヤレスマイクの導入が盛んになり、当時、映画でしかありえなかったミュージカルの舞台化が実現します。東宝系の劇場では、この傾向に対し更に積極的に取り組んで多チャンネルのテープレコーダを採用し音楽制作の合理化に向かいます。

この様に、家庭と劇場、パッケージとパフォーマンスを対照すると、相互に深い関係をもって進歩してきた事が理解頂けるものと思います。この後、音楽は家庭から個人への二一ズが拡大しウォークマンの様なヘッドフォンによる個人的聴取を目的とした機器も新しいジャンルを開拓していきます。それによって音楽も、音楽現場の再現一高忠実度から高品質、クリアに録音された音源によって構成された音楽へとその方向が変わっていきます。この時に、CDの出現は、その傾向を更に決定的なものにしました。大都市の大きな商業劇場でしか公演出来なかった演劇も、文化行政としての学校公演や小劇場の台頭等により演劇を必要とする場が増えてきます。パッケージメディアでは伝え切る事が出来ないもの、つまり生身で上演する演劇の特長がテレビや映像の普及によって、かえって見直される結果を生んだということができます。
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4.舞台音響の確立と背景
昭和41年(l966)にビートルズが来日しました。この日を転機として、大会場を制する音響技術は、専門分野としてのPAを位置づけたと言えます。短い滞日期間と膨大な観客は、それ迄考えてもいなかった「大会場」の開発を促すことになりました。

従来の約l0倍の規模の観客を収容できる催事場でいえば、昭和39年(1964)の東京オリンピックの時、建てられた「日本武道館」しかありませんでした。収容人員も1万5000人と大きいのですが、形状が円形である事と、此の武道館に備えつけられた音響装置では、ビートルズの仮設舞台からのPAや音響を観客に満足のいく形で伝えることは出来ませんでした。

そこで武道館に付属の音響装置は一切使用しない事とし、仮設の舞台からの音楽を100%観客に楽しんで貰う為のスピーカのレイアウトが、持ち込んだ仮設スピーカとこれを駆動する為の大出力増幅器で行われました。ステージのサイドスピーカ、フロントスピーカ、ステージの跳ね返りスピーカ等々、演奏に必要な音響装置を、かき集めてきて駆使して、音響システムのレイアウトをつくり、また可搬型の多チャンネルミキサーを据え、これに必要なケーブルやマイクコードが張られました。

こうして出来上がった生演奏専用の音響システムは熱狂する観客・聴衆を満足させる大音響を、質の良い楽器演奏音やボーカル歌声として与えたのでした。そして、この武道館での興行の成功は、コンサートの事業化を推進することになる一方で、PAの事業化をも促進させることになりました。PAに従事する技術者、機材のどれをとっても、従来の規格では、容量不足で実行不可能という事が明白になるにつけ、それまでにはなかった莫大な投資が要求される結果となったわけでした。

昭和45年(1970)に大阪で世界万国博覧会が開催されました。この「万博」では各パビリオンや広場で連日、数多くのバフォーマンスが催されました。ここではその殆どが仮設設備で運営されました。このことは、その後の沖縄海洋博覧会、つくば科学博覧会でも同様な状況で実施されました。そしてまたこれ等のパフォーマンスの音響は殆どが多チャンネルテープと多数のマイク・スピーカを混在させて使用するものでした。従って、PAや効果の人達は、ここで一緒に仕事する事になったわけです。併しながらこの時点では、事業協同組合の考えは発生するには至りません。昭和43年(1968)に舞台効果の人達が「日本演劇音響効果家協会」を結成し、相次いで、PAの人達が「日本PA技術者協議会」を構成します。この両者は何れも個人の専門家の団体ですが、それぞれの技術を特化したものを捉え、研鑽と親睦を図ることを目的としたもので各々独自の路線を進みますが、両団体は常に連絡を保ち協同して展示会、研修会等を計画、実施しました。
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5.舞台音響業界の現状と課題
昭和35年(1960)代、初頭には500ケ所を下回っていた公共文化施設は、それぞれの地域の要望に応える形で建設が進み、平成7年(1995)現在では、その数は1,700を数えるに至っています。その他、東京では、いわゆるライブハウスや小劇場が全部で400を数えると言われています。そして一方、大観衆を収容する施設としては、横浜アリーナ、大阪城ホール、東京ドーム等が出来、更に此れ等を参考にして、全国各地に、全天候型の巨大な施設が出来上がりつつあります。

これ等の「場」を仕事場とする音響技術者は「効果」「PA」について精通することが要求されています。そして「舞台音響業」としての責務を充分に果たさなければなりません。その責務とは、例えば「効果」にあっては、効果音を品質高く、分かり易いものとして、あらゆる舞台に提供することが、その一つとして挙げられますが、そのための録音の設備やライブラリーの整備、再生機器の製作等が必要になります。「PA」の場合、全国を回るコンサートのッアーを例にとるなら、どこの会場でも、あるレベルの品質をもって音楽を提供するためるは、スピーカ、ミキサー、マイクなどをそのコンサート用に組んで持ち回らなければなりません。その量は4トントラック1台で、どうかという位になります。

両者の機材に共通して言えることは、市販品としてでは入手できない。もし入手できたとしても、使用に耐えない特化されたものであることであります。そしてその場合には、特別にメーカーと相談の上それらを製作、入手する必要があります。また一方、我々に対する契約者の一部には、これら「効果」「PA」といった仕事を重要視していない人達もいます。その結果、実施不可能な低予算を押しつけられたり、また熟達していない人に担当させて、その結果、運用面、品質、サービスといった面において、不本意な結果に終わる例を数多く見ることができます。
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6.舞台音響協同組合結成の意義と将来展望
私達の人数は「場」の数に比較し、まだ非常に少ないのが現状です。我々が組合を名乗らずとも、互いにそれぞれの協会、協議会活動を通して存在を訴えて来ましたが、これからの将来を考えると「人格」をもって社会との連係を図らなければならないと考えます。

私達の市場は、取りも直さずそれが私達の社会に対する責務の大きさであると思います。それを果たすには、一個人、一会社のちからでは限りがあります。いま『協同』することによってのみ、地盤の確保、経済的な安定、人材の育成、資材の確実な補給といった事業の基本の確立が実現出来ると確信する次第です。

私達は、殆どの人達が40年近い期間、初めから、この仕事に関わりを持っていることに、大きな誇りを持っています。そしてこの仕事が人々の生活に深く浸透しつつあることに喜びを感じています。今後も、この仕事を、更に育て上げるためには、業界の結集した協同組合をつくり、力を合わせて、全ての事のために当たらねばなりません。

私達の仕事を経済効果で考える時、例えをホールに取るなら、単純計算をしてみても、これら1,700の施設がl,l00の座席を持つとすれば、1年の観客動員数は120日稼働としても2億2000万人強となります。その場合客席単価を5000円としても1兆円を越す産業となります。私達の効果とPAとの協力態勢による舞台音響事業は、その10%強のシェアを獲得するものと、見ています。つまり1000億円以上の市場規模です。2億2000万人というのは、国民1人が1年に約5〜6回位しか劇場に行かない勘定になります。

私達の仕事はホール・劇場以外にも、展示、催事、公共広場での催し、或いはスポーッイベント等、あらゆる人の集散する場所から要望されています。全国各地に計画され造成される、それらの場は殆どが私達を必要としています。そこで要求される音の品質と機器の操作技術は年々高いものとなっています。そして、それらのレベルを満足させる事が出来るのは私達だけであると自負しています。また、その事は、40年程前から「聴衆」をターゲットに、「伝達技術」を目標に研鑽してきた私達が演劇や音楽に標準を合わせ、「舞台」という言葉に仕事の場を集約して来た結果、得ることが出来た自信でもあります。

今ここで市場規模を、私達の仕事の約70%を占める劇場、ホールを例に取って考えてみると、それだけで前述の計算の様に約1,000億円を想定できますし、それ以外の分野も考えると、およそ、その1.5倍の1,500億円程度の規模になるでしょう。しかし乍ら、実際には、年々これらの催事の規模、内容は充実してきますので、少なく見積もっても5年後には2000億円程度が期待出来、私達の事業分野の将来は、まだまだ可能性が多いと考えています。そして、これらの問題に対処するには、すでに、事業者の能力を遥かに超えるものとなっています。

今後益々増加する各方面の舞台音響に対する要望に応え、更なる充実を図るためには同業に携わるものが相寄り、協力しあう事のみがその解決の方法であると考えます。「舞台照明事業」に先例を学び、十有余年の差の出発ではありますが、その間に変貌発展した我々を取り巻く環境を直視するに及んで、改めて今こそが全国的視野に立って「業」を合従し、地域にあっては「界」を連衡してことに当たるべき時であります。そしてこそ新しい基点に立った新しいメディアとしての舞台事業の枠作りであり、基盤作りに貢献するものであると信じます。

平成7年6月28日 文責 日本舞台音事業協同組合(無断での転載・複写を禁じます)

私共は、全国の舞台音響事業者に呼びかけて、日本舞台音響事業協同組合を平成7年8月10日に通産大臣よりご認可を頂き、同10月2日に設立致しました。

本文に書かれてありますところの趣旨にご賛同頂き、私共の舞台音響事業協同組合に絶えざるご支援とご指導を頂きますよう、切にお願いする次第であります。
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